おもてなしとゲーミフィケーション

最近考えていることが、ゲーミフィケーションはソーシャル時代におけるおもてなしの表現としてうまく使えるのではないか、ということです。いきなりそういうとかなり飛躍している感じもするのですが、直感的にどうも似ている気がしています。おもてなし、ホスピタリティという言葉でもいいのですが、いろいろと調べていくと「相手の気持に立って考える事、行動すること」というように表現されていることが多く見られます(僕自身まだ不勉強でおもてなしの本質がどこにあるのかということをまだ掴みきれていませんが、そこはちょっと深掘ってみようと思っています)。

例えば、心地よいおもてなしを提供するためには何よりお客さんが何を求めているのかを察知することが必要となります。これは察知力、観察力、空気を読む力、などと表現することができます。ゲーミフィケーションにおいても、まずは利用者が何を求めてそのサービスを利用しているのかを理解するところから始めます。Webの場合は直接顔は見えませんので「察知」するのはなかなかに難しいことなのですが、その分サイト内での行動についてはログに残すことができます。個々人の顔を見ながら察知するというよりは、データを見ながら分析し察知する、というのがWebにおける利用者理解の1つの主要な方法といえるでしょう。もちろん、実際に利用者と会って聞くということも重要な方法ですがどうしても人数が限られてしまいます。

また、おもてなし・ホスピタリティに優れた企業は顧客情報を細かく収集し共有するノウハウに長けています。ログを残すのは、Webの専売特許というわけではないのです。祇園に代表される花街の世界では、一見さんお断りという敷居の高さの裏に「相手のことをよく知らないと気の利いたおもてなしができない」という考え方があります。それこそ何世代にも渡って顧客の情報を収集し続けています。リッツカールトンや加賀屋においても、顧客情報を収集するという考え方が根付いています。リッツでは客室係やフロントなど直接お客さんと接する立場の人だけでなく、ハウスキーパーの人も含めて個客の情報をあらゆる場面で収集し、「プリファレンスパッド」というメモに残し共有するという仕組みがあるそうです。加賀屋でも宿泊予約時に目的を聞いたり、客室係が何気ない会話の中で情報収集したりといったことが情報管理システムにどんどん蓄積されていくそうです。Web上ではこうしたデータ収集は格段にやりやすくなります。

なにより興味深かったのは、おもてなしを重視するこうした企業の姿勢として共通して目先の利益を負わない姿勢があるという点です。あくまで利益は結果、心からのおもてなしを提供することでついてくるという発想があります。こうした姿勢は短期的な利益は求めないこと、サービスの品質は「出来る限りのことをする」という点で過去に使ったお金に必ずしも比例しないこと、基本的に長期的な関係性を築くことに重きが置かれていること、などの形で現れています。これはゲーミフィケーションでも全く同じことが言えます。楽しんでもらうこと、ファンになってもらうことが基本的な目的であって、利益は結果としてついてくるものです。

調べてればどんどん共通項が出てきて非常に面白いのですが、一方でまだWebやゲーミフィケーションの世界ではあまりなじみのない概念もおもてなしの世界では表現されています。又の機会に触れるとして、こうした点はひょっとすると今後のWebの世界の行き先を暗示しているのかもしれませんね。