ゲーミフィケーションと接客の接点は柊家(ひいらぎや)での体験が原点だった

京都 / Kentaro Ohno

 前回、「Web上での接客手法としてのゲーミフィケーション」という記事をポストしました。もともと僕自身、ゲーミフィケーションとは根本的にはおもてなしであるという主張を繰り返ししてきています。おもてなしとは何か、実際に時間の洗礼を経てきて生き残っているおもてなしとは一体どんなものなのか、ということを色々と調べて考えた結果この主張に至っています。

 その中で鮮明な印象として残っているのが柊家という京都の老舗旅館での出来事でした。「ゲームにすればうまくいく」で書いていますが、この本を書く過程で柊家の西村さんという女将さんの方に一度インタビューをさせて頂いたことがありました。ゲーミフィケーションをおもてなし、あるいは接客的な使い方をすることで新しい可能性が生まれると強く感じたきっかけとなったのがこのインタビューでした。

 1時間ばかり、柊家という旅館がどんなこだわりを持ってどのようにサービスを提供しているのかということについてお話頂いた後、実際のお部屋をいくつか案内して頂きました。中には川端康成が長期滞在して小説を書いたというお部屋もあり、1つ1つ丁寧に説明を頂きましてどのお部屋もこの旅館のこだわりがいたるところに散りばめられたお部屋であるということが大変良くわかりました。

 ・・・というのは非常に表面的な社会見学の感想文です。僕自身の非常に率直な印象としては、最初にお部屋に入った時に「あれ、これって普通の和室やんなあ。うちの(京都の)おばあちゃんの家とどう違うんやろ。」というものでした。断っておきますがうちの亡くなった祖母の家は京都の町中にありはしますが「普通の家」です。むしろ築100年近く経っているよくある古びた京都の普通の家です。柊家といえば日本でもトップクラスの旅館であり比べるべくもありません。

 ただ、僕にはその違いを最初認識することができませんでした。一見して何も特別なことがないのです。ただ、その後西村さんのご説明を伺うとその「特別さ」がようやくわかりました。生けてあるお花、庭の佇まい、そこここに見られる柊の文様、ふすま、お風呂。(柊家という旅館にとってはあまりにも当たり前で)説明を省略されたところも多々あると思いますが、ともかくほぼ全てにおいて徹底してこだわりがあり、まるで芸術品・美術品の中で過ごすようなものなのです。それがあまりにも自然に調和していていやらしさのようなものがまるでない。そういうこだわりがこの旅館におけるおもてなしの表現であり、川端康成が滞在したのもなるほどと感じました。

 同時に、僕自身はこの旅館に泊まる資格がないとも痛烈に感じました。言われてなるほどというのはわかりますが、やはりそういう方面の審美眼や造詣に欠ける僕のような人間が泊まってもその価値を味わうことが出来ないのです。かといってそれを説明して下さいというのはなんとも野暮なもんです。

 この体験は非常に印象的なものでした。サービスの本当の価値を味わうためには、顧客として一定以上の水準の自分磨きが必要であることなんですね。もちろんこの旅館は宿泊料金もすごく高いのですが、この価値が分かる人にとってはここでしか得られない貴重な体験であり十分以上に意味のある値段なんだと思います。ただ残念ながらその水準に至っていない僕のような人間には正直意味がよくわからない値付けということになってしまう。自然に顧客の選別がここでは行われているわけです。

 もっとはっきり言えば「値段の価値がわからない人は来なくて結構です」という暗黙のメッセージなのかもしれないなと感じました。なるほど京都の敷居の高さ、あるいは「イケズの文化」というのはこういうことを指していっているのかもしれません。

 ともあれ、この体験はゲーミフィケーションの接客としての可能性を強く感じさせるものでした。顧客に自分磨きを求めるということは、真の価値を理解できるようになるまでに顧客は自分を磨く過程があるということです。自分磨き、自己成長感の演出はゲームが得意なところです。ゲーミフィケーションとしてももちろん応用が可能です。こうした過程もサービスとして顧客に提供出来れば、より幅広い層が柊家の魅力を感じられるようになるでしょうし、結果として文化的な水準を向上させるといったことにもつなげられるかもしれません。ライト版のお部屋を用意することでビジネスとしての拡大も考えられます。

 ただ柊家は旅館なのでキャパシティに限界があります。むやみに拡大してもサービスのクオリティを保つことが難しくなるということもあるでしょう。またおもてなしの種明かしをしてしまうのは京都的な奥ゆかしさに欠けるという気分もあると思います。

 ただ、Web上であればどうでしょうか?柊家のような芸術レベルまでのこだわりは稀にしても、様々な企業が色々な工夫をこらして製品を作り、サービスを提供しているはずです。値段の安さや利便性といったところではなく、本当にその製品・サービスの価値を理解してくれるお客さんに提供したい、自分たちのこだわりをわかってほしいという思いはどんな企業にもあるだろうとおもいます。

 個々のWeb訪問者それぞれに対してその企業が提供する分野での熟練度を高めていくような体験や実感というものは、ゲーミフィケーションを通じてユーザに提供することができます。Webであれば仕組みとして実装できますからキャパシティに悩まされることもありません。本当に熟練したユーザにはレベルの高いものを提供し、初心者にはわかりやすさや丁寧さを提供することもできます。

こうした工夫の結果、熟練顧客が増えれば優良顧客も増えることでしょう。また新規顧客を熟練顧客に育てていくということも出来るでしょう。

ゲーミフィケーションを接客の手法として捉えれば、こうしたビジョンが湧いてきます。僕自身、こうした世界は非常に魅力的に感じます。ゲーミフィケーションの可能性は非常に大きく、この世界はゲーミフィケーションを取り入れることで実現できるビジョンの1つではありますが、 これだけとっても十分にやりがいのあることだと思えます。

今後、これが具体的にどういうことなのかということを説明していきたいと思います。