CEDEC 2011にて

書籍をですます調で書いたせいかその方がなじみがよくなってしまった今日この頃。本日9/7、CEDEC2011での講演&パネルディスカッションを終えました。ショートセッションが「マネタイズとゲーミフィケーション」パネルディスカッションが「「基本無料」時代のマネタイズと事業戦略」というテーマでした。CEDECはゲーム開発者向けのイベントなので興味を持ってもらえるテーマなのか、聞きに来てくれるのかと正直心配だったのですが2つとも入りは上々で一安心でした。

特に驚いたのは、1つ目のショートセッションです。会場に「ゲーミフィケーションという言葉を聞いたことがある方手を上げてください」と尋ねるとほとんど全員の方が挙手されました。想像以上に認知が広がっているということなのか、皆さんよく勉強されているということなのか、終了後もかなり多くの方からご挨拶を頂いて非常に嬉しいセッションでした。それもあって・・・ということではないですが、セッションの持ち時間中ではどうしても話しきれない部分もあったので、資料を以下に公開しておきます。

パネルディスカッションではエイミング椎葉さん(ブラウザ三国志を作った方です)のお話が面白い面白い。個人的に刺さった話は2つあって、ゲーム作りの上で意識していることとして「年単位で遊べるゲームなのかを常に考えている。何千回・何万回遊んでも大丈夫なデザイン、えんえんと続けられる何か要素があること、が大切」というのが1つ。もう1つがマネタイズに大事なこととして「無料で遊び続けるユーザに無理な負担を強いてはいけない、そういうユーザにはそれはそれで存在する意味がある」というのがもう1つ。

特に後者の視点は非常に印象深かった。ソーシャルWeb化が進んでいく中で、必ずしもお金を使う顧客だけが顧客ではなく、クチコミを広めてくれるような人や使い方を教えてくれるような人もいてこそ「顧客層」の厚みが出るということはどんどん明らかになってきている現状がある中で、ソーシャルゲームにおいてもお金を使わないユーザにもそのユーザなりの存在意義があるという視点はそれと共通するものがあります。ゲーミフィケーションにおいても、こういう層にいる利用者にどれだけ楽しんでもらえるか、ということが重要になります。

無料でも頑張れば遊び続けられるような、あるいは中にはごくまれに無料で上位に行ってしまうようなユーザがいるからこそ夢中になるユーザが出てくる。そういうユーザでも長く遊び続けてくれればどこかでマネタイズのきっかけを作れるかもしれない。あるいはソーシャル性が成立するために必要なユーザ数を確保・維持するためにそうしたユーザがいる方がいい。そのようなことが背景としては考えられそうです。いい意味での「隙」があるからこそ継続してしまうというのはこれまで見逃していたゲームメカニクスの1つの要素かもしれません。