DiGRA(日本ゲーム学会)@立命館大学で登壇

26日の日曜日、立命館大学で行われた日本ゲーム学会(DiGRA)にて登壇の機会をいただきました。ゲーミフィケーション―がビジネスを変えるの井上さん、幸せな未来は「ゲーム」が創るを翻訳された藤本さんもご一緒でした。学会という場でお話をするのは初めてで、当然ながら僕自身はアカデミックな人間では無いのでアウェイ感たっぷりでしたが皆さん快く受け入れて頂いて、終始和やかな雰囲気でした。

最初に、3人それぞれがゲーミフィケーションとはなんぞやということについて20分程度でプレゼンをしていたのですが、やはりシリアスゲームやARGなどとの区別についてどう考えるのかということは概ね共通見解だったのですが、3人3様でした。僕の方で分類したのは下記のような図に表しています。

藤本さんの分類も軸としてはこの2軸で分類されていたかと思います。ゲーミフィケーションのエリアが幅広く「境界を厳密には定めづらい概念である」ということでおっしゃっておられたのは全く同感でした。僕自身も、ゲーミフィケーションの定義自体をあれこれ議論してもあまり始まらないなと考えています。それよりは具体的にどうすればこの考え方を有効に使えるのか?ということにフォーカスを当てるべきだというのが僕の考えです。

プレゼン後、日本ゲーム学会の細井会長のモデレートでパネルディスカッションが行われました。正直時間不足でじっくりと議論が出来なかったのは大変残念でしたが、これは是非またの機会を設けて再度実施したいなと考えています。

さて、会場で頂いたご質問にしっかりと答えきれなかったのでこちらで補足したいと思います。ご質問は「(ゲームと同様に)ゲーミフィケーションでも利用者の飽きが来ることがあると思うが、そこはどのように対処するのか?」というものでした。その場では、「レイヤーが2つあって、根幹としてのゲーミフィケーションの考え方自体は中長期的に継続性のあるものだが、要素をやりきってしまったりする場合もあるのでそこは日々更新・運用の必要がある」という回答になっていたかと思います。

色々と言葉足らずだったのですが、基本的にゲーミフィケーションのデザインは利用者との中長期的なリレーションを作るという考え方を根本に持って行うべきものです。プレゼン時にも触れたのですが、「ヒーロー」感を演出するというのはゲーミフィケーションにおいて重要な考え方の1つです。このサービスを使うことで(あなたのなりたい)こんな人になれますよ、ということを応援したり、そういう人に近づいていっていることを色々にフィードバックしてあげる。Nike+がいいランナーになることを応援したり、いいランナーに近づいていっていることをフィードバックするように作られていたり、マイレージプログラムがエグゼクティブなあなたになっていっている気分を演出してくれたりすることと同様です。このようなヒーロー感の演出という考え方は中長期的な視点で行うべきものですし、一方でいつまでたっても明確に達成できるようなものでもありません。現実世界ではいくら進んでもまだまだ上があり得ます。

ただ、上があるように常に要素を設けておくということも一方で必要です。これは常に運用・更新が必要になるということでもあります。また、上級者向けの遊び方「エルダーゲーム」をどのように用意するかということにも関わります。典型的なエルダーゲームは、上級者同士のコミュミティを形成し、お互いに競争・切磋琢磨するようなデザインです。次から次へと新しい要素を提供するということもあります。また、日本の芸・道の世界を覗き込むと「新たな型の創出」「場面・状況に応じた創造性の発揮」「サービス提供者側(主人)とサービス受益者側(客)の相互の読み解きと高めあい」といった形でエルダーゲームがデザインされています。こうしたものも参考になるでしょう。

常に変化させていくべきことがあり、また根本的な考え方は変わらない。ここを組み合わせることで、飽きのこないゲーミフィケーションがデザインすることが出来るでしょう。

ともあれ、いい機会を頂いたことに感謝します。お声かけ頂きありがとうございました。