TechCrunch記事"ガキの遊びを脱して本格的で汎用的なWeb設計戦略へと成長したゲーム化"に二言三言

日本のTechCrunchの記事に“ガキの遊びを脱して本格的で汎用的なWeb設計戦略へと成長したゲーム化”が掲載されました。ゲーミフィケーションの現状をよく捉えた良記事と思います。「Webサイトとそのユーザ体験を設計する方法論の、主流になる」という見解は僕自身が著書で主張していることと重なり、強く同感する所です。ゲーミフィケーションをWebサービスのデザイン手法として捉えると、新規サービスの立ち上げ時にも有効に活用できます。また既存サービスのユーザ体験を改善するためにも活用することができます。

 

フォースクエアに施されているゲーミフィケーションが批判的に捉えられている点にも同意します。ゲーミフィケーション・デザインの観点から見るといくつか失敗していることがわかるのですが、1つはここで記載されているようにメイヤーの称号はたった一人しかなれないという点。メイヤーにならないと満足度が得られず、またメイヤーを取ったり取られたりという体験が出来るユーザは非常に限られてしまいます。上級者向けの遊びとして機能し得ますが、それにしても参加のハードルが高すぎるというのはこの記事でも記載のとおりです。2つ目はバッジの意味が薄いという点です。バッジ付与条件が必ずしもフォースクエアのユーザ体験・サービスとしての提供価値とマッチしておらず、「なんのためにこのバッジ集めてるんだっけ」と我に返る瞬間が訪れやすいデザインになってしまっています。ユーザの利用目的に沿ったバッジ付与にしたり、そもそものユーザの利用目的を明らかにすることが必要でしょう。

 

ゲーミフィケーションの教育・啓蒙についてはまだこの記事に書かれているような状況には日本はなっていませんが、そこは時間の問題だと思います。スタートアップ企業がゲーミフィケーションを取り入れる例は多く見られるようになりました。

ただ1つ反論しておきたいのは「バッジを超えた世界: バッジは徐々に重要性を下げる。今後は本物の仮想通貨が優勢になり、バッジのような実利性のない空疎な‘名誉’はあきられる。」の記述です。Badgeville、Bunchball、Bigdoorの連中がそういうことは言わないんじゃないかと思うので筆者が何かを誤解しているのではと推測しますが、バッジの重要性が下がるということではなくバッジという報酬形態が正しく使われるようになるということ、報酬形態はバッジ以外にも様々に登場するということだと思います。バッジは単なる報酬の1形態に過ぎません。金銭的価値を伴わない報酬として「バッジ」はとてもわかりやすいためにゲーミフィケーションを象徴しているかのように捉えられがちですが、レベルでも経験値でもあるいは「おめでとう」という言葉でも、代替する報酬要素はいくらも考えることができます。

 

一方で仮想通貨、もっというと実利性のあるものが報酬として優勢になることはないと考えます。動機付け要因として実利に寄り過ぎると中長期的な動機付けには悪い影響が出ることのほうが多くなりやすくなるためです。もちろん実利性のある報酬が有効に働かないといっているわけではないので、そこは報酬形態の使い分け次第です。報酬には金銭的報酬の他に、社会的報酬(名誉、感謝など)、内発的報酬(満足、達成感など)があるとされています。後者2つは実利性はありませんが、人間は実利にのみ動機付けられるわけではありません。

 

ゲーミフィケーションをWeb設計の手法として捉える際に、Webサービス提供者がどのような関係性をユーザと作っていきたいのかを考えることがとても重要になります(ゲーミフィケーションの手法を使わなくてももちろん重要です)。ソーシャル化が進んでいく世界において、関係性はたとえ企業とその顧客というものであったとしても、より人間同士の関係性に近付いていくことでしょう。そういう世界において、金銭で関係性を作るということにどれほどの意味があるでしょうか。

 

ゲーミフィケーションをWeb設計に取り入れる際にはこうしたことをかなり深く考えるきっかけとなります。Webを通じて自分たちのユーザとどんな関係性を作っていくべきなのだろうか?僕自身はその答えは「おもてなし」の気持ちを持って接することだと考えています。相手のことを気遣い、理解し、よりいい気持ちになってもらえるようにWebサービスを提供する。ゲーミフィケーションが本格的で汎用的なWeb設計手法になっていった先には、そういう気持ちを持ってこの手法を使う企業が選ばれていくようになるでしょう。

 

画像出典: MrDaley.com